スポーツ事故と「経験」
1 今から10年ほど前に、私は岩場でクライミング中に、10メートル余り落下し、その間、岩壁に打ち付けられ最終的に木に激突して墜落が止まりました。
惨状の一部始終を側で見ていた妻は、私がロープを首に巻きつけて落ちてきたこともあり、その後の彼女の人生は私の介護で終わるのだと腹を括ったそうです。
幸いにして、脳に障害もなく、骨折等もせず、眉間付近を2針縫う程度の切傷と全身に打撲を負ったに過ぎませんでした。
2 私が墜落したルートは、中級クラス(5.11C)のクラック(岩の割れ目)で、以前に既に登ったものでした。
その日は、そのルートを久し振りにトップロープというスタイルで登ったところ思ったより簡単に登れたので、この際 レッドポイント(正式な登り方で完登すること)しておくか、という軽い気持ちで登り始めました。
ところが、核心部でスリップして落ち、その後2つのプロテクションが外れ、更にその下のプロテクションのカラビナがスリングから外れ、合計3つのプロテクションが効かなかったため大墜落となりました。
3 この大墜落には、沢山の要因が重なったと思われますが、最大の要因は私自身の油断であったと思います。
この時までに私は既に10年以上のクライミングの経験があり、クライミングによって大した怪我もしたことがなかったため、クライミングは安全なものだと錯覚してしまい、油断していたのだと思います。
「経験」を活かすも殺すも自分次第であるのですが、この時は「経験」を活かせなかった上に、「経験」に足をすくわれたような形になりました。
4 スポーツ事故をめぐる訴訟において、「経験」は通常、注意義務や安全配慮義務を重くさせる方向に働きます。「経験」が豊富であればあるほど、より注意深くなるはずですし、より安全にも配慮できるようになるはずだからです。
しかし、私の大墜落のようなケースがあることも頭に入れて、「経験」の上に胡座をかかず、「経験」を事故防止に活かしていきたいものです。