弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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ガバナンス

なくならないスポーツにおける暴力②

1 はじめに

 2022年8月に、埼玉県本庄市の私立中学校剣道部の元顧問が生徒に対する暴行容疑により逮捕されたとの報道(事件①)、9月には、長崎県諫早市の市立中学校女子バレー部の顧問が部活動中の複数の生徒に対する体罰により文書訓告を受けた後、再発防止の研修受講中にさらに暴力・暴言を行ったとの報道(事件②)、10月には、兵庫県姫路市の私立女子高校ソフトボール部の顧問が部員に対する暴力により顎が外れる傷害を負わせたとの報道(事件③)、11月には、福岡県福岡市の私立高校剣道部の元顧問の暴力・暴言により女子部員が自殺(2020年)した事件に関し学校と遺族の間で和解が成立したとの報道(事件➃)がありました。

 これらの事件を受けて、前回本欄で「なくならないスポーツの現場における暴力①」と題して、総論と事件①についてコメントしましたので、今回は事件②~④について、コメントしたいと思います。

 

2 事件②について

 報道によれば、中学校女子バレー部の顧問の教諭が2022年3月に部活動中の複数の生徒に対して、ボールを押し当てるなど(行為A)の体罰により文書訓告を受け、その後、顧問を外れ、4月から1年間、再発防止の研修受講中だったが、7月に体育の授業を受けていたバレー部員3名(いずれも3月に体罰を受けた部員)に「バレー部やめろ」などと不適切な発言を行い、うち1人の脇腹を蹴り(行為B)、県教育委員会は停職1カ月の懲戒処分を受けたとのことです。

 私は、行為Bに対して停職1か月の懲戒処分を受けたことはともかく、行為Aに対する懲戒処分が文書訓告にとどまるという点に疑問を感じます。

 前回述べたように、部活動は学校教育の一環であり、部活動中の暴力は、暴行罪の構成要件に該当する違法な行為であるとともに、学校教育法上の体罰に該当する違法な行為でもあります。しかも複数の生徒に体罰を行ったということですから、ひとりに対する単発の暴力とは異なり、その悪質性は増すといえます。行為Aに対する文書訓告という処分は手緩いといえるのではないでしょうか。また、教育現場において体罰に対して意識が低いと言われてもやむを得ないと思います。

 参考までに、(公財)日本スポーツ協会の公認スポーツ指導者処分基準別表によれば、暴力をふるったが「被害者が傷害を負わなかった」場合には「資格停止6か月」が基準とされ、被害者が多数であることは加重要素であるとされています。

 

3 事件③について

 報道によれば、姫路市の私立高校のソフトボール部で顧問の教諭が、女子部員がユニフォームを忘れてきたことに腹を立て、平手で左のほおを殴り、同部員は顎が外れた外傷性開口障害と診断され、なお、教諭は事前に女子部員の保護者と電話で連絡を取り「たたきますよ」などと話していたとのことです。

 本件は顎が外れるほどの力で殴ったという点で、世間の耳目を集めました。女子部員に傷害を負わせているので、刑法上の傷害罪に該当し、学校教育法上の体罰にも該当し、その悪質性は言うまでもありません。

 本件で気になるのは、教諭が保護者に電話で「たたきますよ」などと予告することで、免罪されると考えていたのではないかという点です。本欄でも過去に書きましたが、法的に、保護者や被害者である部員が承諾していたといえるのか、仮に承諾していたとしても違法性が阻却されるのかは問題とはなり得ます。しかし、本件においては承諾をしていたとは評価できないでしょうし、仮に承諾があったとしても違法性を阻却するとはいえないでしょう。

 

4 事件➃について

 報道によれば、福岡県福岡市の私立高校剣道部の女子部員(当時15歳)が自殺(2020年)したことをめぐり、学校側が元顧問からの暴言や暴力が自殺の原因だったことを認め、遺族との間で和解が成立したとのことです。

 本件では、元顧問の行為と女子部員の自殺との因果関係を学校側が認めたことに注目すべきでしょう。法的に、当該行為と自殺との因果関係が争われると、その立証が困難となることもあり得るため、学校側が因果関係を認めたことは評価できると考えます。

 さらに注目すべきは、自殺の原因となった元顧問の行為の中に、暴力のみならず暴言も含まれている点です。本欄でも繰り返し書いてきたように、ときに暴言が与える心の傷は、暴力が与える心身の傷よりも、深く重いことも少なくありません。私は、大学でスポーツ法の講義を担当しており、指導者による暴力や暴言を受けた経験を有する学生に聞いてみると、暴力はその場限りということもあり、暴言の方がショックを受け、その言葉を鮮明に覚えているという感想も多々聞くところです。もっとも、あまりに多く暴言を吐かれ過ぎて、何を言われても感じず麻痺してしまい、何を言われたのか殆ど覚えていないという感想も多く、まだまだ問題解決には程遠いと感じます。

 

5 おわりに

 桜宮高校バスケットボール部キャプテン自死事件、および日本女子柔道代表選手暴力等告発事件からちょうど10年を経過して、改めて、指摘しておきたいのは、スポーツ界における指導者の暴力と暴言とでは暴言の割合が増加していること、暴力を振るう指導者は確信犯型(暴力が子どものためになると確信しているタイプ)ではなく指導方法不明型(暴力はいけないと分かっているが暴力を使わない指導方法が分からないタイプ)が多数を占めること、未だに保護者が暴力や暴言を加える指導者を擁護する風潮があることです。

 最後に、暴力や暴言を加える指導者を擁護する保護者についてコメントしておきます。実際に事件を扱っていると、このような保護者がいるため、なかなか指導者の暴力や暴言を告発できないことも少なくありません。信じがたいことですが、自分の子どもが暴力や暴言を受けているのに指導者を擁護することもあります。実際にそのような保護者に話を聞いてみると、確かに暴力等をふるう指導者を擁護することはおかしなことであるが、渦中にいるとそのことに気付けなかったというようなことがあるようです。

 問題の所在は、指導者だけにあるのではなく、社会全体(保護者や被害者を含めた)にもあるのであり、腹を括って取り組むようにしない限り、この問題は解決しないように思います。

 

 

 

なくならないスポーツにおける暴力①

1 はじめに

 2022年8月に、埼玉県本庄市の私立中学校剣道部の元顧問が生徒に対する暴行容疑により逮捕されたとの報道(事件①)、9月には、長崎県諫早市の市立中学校女子バレー部の顧問が部活動中の複数の生徒に対する体罰により文書訓告を受けた後、再発防止の研修受講中にさらに暴力・暴言を行ったとの報道(事件②)、10月には、兵庫県姫路市の私立女子高校ソフトボール部の顧問が部員に対する暴力により顎が外れる傷害を負わせたとの報道(事件③)、11月には、福岡県福岡市の私立高校剣道部の元顧問の暴力・暴言により女子部員が自殺(2020年)した事件に関し学校と遺族の間で和解が成立したとの報道(事件➃)がありました。

 

 10年前の2012年後半に起きた、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部キャプテンが顧問の暴力等により自死した事件、および日本女子柔道代表選手が監督等の指導者の暴力等を告発した事件により、スポーツ界では暴力・暴言・ハラスメント等を根絶しようという機運が高まりました。翌年4月には、統括4団体により「スポーツにおける暴力行為根絶宣言」が出され、統括4団体や中央競技団体に相談窓口が設置され、指導者研修において暴力周知徹底が図られてきました。それにもかかわらず、スポーツの現場では、未だに暴力はなくなっていません。

 

 私は、統括団体や中央競技団体で、相談窓口や処分手続に関わっており、指導者研修の講師も数多く担当していますが、暴力を振るう指導者は少なくなってきている実感があり、実際に、日本スポーツ協会の相談窓口(「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」)の相談件数において暴力の割合は減少しています。にもかかわらず、上記のように毎月のように暴力に関する報道があるのは、これまでは隠れていた案件が、暴力等を許さないという社会的風潮もあり、顕在化してきたものと考えられ、このこと自体はポジティブに捉えてよいものと考えます。今後も引き続き、指導者や保護者等の関係者に対する啓発活動を繰り返しながら、不適切行為案件の把握に努め、これらの案件において行為者に適切な処分を科すとともに、そこから得られた教訓を啓発に活かすというサイクルを地道に実践していくことが必要だと考えています。

 

 本欄では繰り返し指導者による暴力や不適切行為の問題を採り上げていますが、今回は上記事件について、それぞれ気付いた点をコメントしていきたいと思います。そして、これらのコメントが被害に遭っている方々の参考になれば幸いに思います。なお、本稿では暴力=暴行としております。

 

2 事件①について

⑴ 学校の中の暴力でも逮捕されることもある

 事件①について、報道によれば、2021年12月28日から29日の間、埼玉県本庄市の私立中学校の体育館で、元顧問は、剣道部の指導中、部員の男子生徒の顔面を素手でたたいたり、竹刀で脇腹や喉を突くなどしたりして、複数回の暴力を加えた容疑で逮捕されたということです。続く報道では、元顧問は略式起訴され、罰金20万円の略式命令を受け、また同校からは停職3か月の懲戒処分を受けていたが、その後依願退職したということです。

 

 ここで大切なことは、暴力は刑罰法規に触れる違法な行為であり、学校の中であっても逮捕され有罪判決を受けることもあり、当然のことながら学校は教員が何をしても責任を問われないアンタッチャブルな場ではないということです。事件①では結果的に、略式起訴の上、罰金20万円という有罪判決を受けています(罰金は刑事罰であることに注意)が、逮捕されるインパクトの方が大きいかもしれません。

 

⑵ 許される体罰などない

 WEB上では、部活動中の暴力に関し、暴力は、暴行罪に該当する行為で、体罰ではないといったコメントが見受けられます。これはコメントをした方が暴力の罪深さを示すためのレトリックなのでしょうが、正確には、暴力は暴行罪(刑法第208条)の構成要件に該当する違法な行為であり、体罰(学校教育法第11条ただし書)にも該当する違法な行為です。

 

 懲戒権(不適切なことをした児童生徒を戒める権限)の行使において、わずかに有形力の行使に類する行為が認めらます。たとえば、「放課後等に教室に残留させる」あるいは「授業中、教室内に起立させる」といったものです。あるいは正当防衛や緊急避難の成立する状況では有形力の行使が認められますが、これも限られた場面においてのみ認められ、過剰な有形力の行使となれば違法となります。

 

 私が強調しておきたいことは、「許される体罰」と「許されない体罰」があるのではなく、一切の体罰は違法であり、「許される体罰」はなく、懲戒権の行使の範囲内で有形力の行使に類する行為が認められるにとどまります。加えて、懲戒権は、子どもが不適切なことをしたため、これを戒めるために行使されるものであり、部活動において顧問が指示したプレーができないことを根拠に行使することはできないのです。

 

⑶ あらためて体罰とは

 学校教育法における体罰の定義についての文科省の見解を以下に掲載しておきます。

「児童生徒への指導に当たり、学校教育法第11条ただし書にいう体罰は、いかなる場合においても行ってはならない。教員等(校長及び教員)が児童生徒に対して行った懲戒の行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要があり、その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対する侵害を内容とする懲戒(殴る、蹴る等)、被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒(正座・ 直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たると判断された場合は、体罰に該当する。」(問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)平成19年2月5日初等中等教育局長通知(18文科第1019号))

 

 ここから、体罰には殴る・蹴るなどの明白な行為もあるが、その場の状況により判断しなければならない行為もあるということ、法律上は、懲戒権を有する者だけについて体罰が問題になり、懲戒権を有しない一般のスポーツクラブの指導者が体罰を行うという概念はないことがわかります。

 

*次回、事件②~④についてコメントします。

 

 

スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ②

1 はじめに

 前回は、スポーツ仲裁とはどのようなものかを述べました(スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ①)。今回は、申し立てる際にはどのような注意点があり、どのような点を検討すべきなのかについて述べます。

 なお、仲裁申立のための要件を吟味する段階を「本案前」いい、申立の中身(申立の趣旨)について判断する段階を「本案」といいますが、本案前と本案に分けて検討します。

 

2 本案前(仲裁申立のための要件を吟味する段階)の注意点

(1) ターゲットを何にするのか?

 スポーツ仲裁規則(以下、単に「規則」)第2条第1項に「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等(その決定の間接的な影響を受けるだけの者は除く。)が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」と定められており、「何に対しても」スポーツ仲裁を申し立てられるわけではない点に注意が必要です。

 すなわち、「競技団体又はその機関(以下「競技団体等」)が競技者等に対して行った決定」に対して「競技者等」が申し立てられるのです。

 ここで「競技団体」とは、①公益財団法人日本オリンピック委員会、②公益財団法人日本体育協会(現日本スポーツ協会)、③公益財団法人日本障害者スポーツ協会(現日本パラスポーツ協会)、④各都道府県体育協会(又は都道府県スポーツ協会)、⑤前4号に定める団体の加盟若しくは準加盟又は傘下の団体を指します(規則第3条第1項)。

 よって、「競技団体」に該当しないスポーツ団体がした決定に対して申立はできないということになります。

 以上から、スポーツ仲裁申立のターゲットは、「競技団体等競技者等に対して行った決定」ということになります(「競技者等」については次項参照 )。

 ただし、「決定」と一口にいっても、どの「決定」をターゲットにするかの判断は容易ではないこともあります。たとえば、代表選考に関わる申立をするとしても、代表選考基準に対して申し立てるのか、代表選考大会の開催に対して申し立てるのか、選考大会を経て選考結果に対して申し立てるのか、といったように段階毎にターゲットとなる決定が異なってきます。

 また、競技団体等が行った決定であったとしても、競技中になされる審判の判定は除かれるので、この点でも注意を要します。

(2) 誰が申立人となれるのか?

 前述したように、規則第2条第1項によれば、競技団体等の競技者等に対する決定について競技者等が申し立てられることになります。

 そして、規則第3条第2項には「競技者等」の定義があり、「スポーツ競技における選手、監督、コーチ、チームドクター、トレーナー、その他の競技支援要員及びそれらの者により構成されるチームをいう。チームは監督その他の代表者により代表されるものとする。競技団体の評議員、理事、職員その他のスポーツ競技の運営に携わる者を除く。」とされています。

 ここでの注意点は、「競技団体の評議員、理事、職員その他のスポーツ競技の運営に携わる者を除く」という点です。たとえば、競技団体において、役職員に対して何らかの決定があったとしても、スポーツ仲裁の申立はできないということになります。私がよく受ける相談として、あるスポーツ団体の役員が役員人事について不服がありスポーツ仲裁を申し立てたいというものがありますが、このような申立はできないということになります。

(3)  仲裁合意を得られるか?

 スポーツ仲裁も「仲裁」ですから、申立人と被申立人の間で仲裁の手続により紛争解決を目指すとの合意が必要となります。ただし、スポーツ仲裁においては、申立人となり得る競技者等と被申立人となる競技団体との力の差は歴然としており、被申立人が仲裁合意をしないこともあるので、当事者間の公平性の確保の観点から、予め競技団体においてスポーツ仲裁を申し立てられたら必ず応じるとの自動応諾条項の採用が奨励されています(残念ながら法的義務まではありません)。

 よって、申立を検討する際に、自動応諾条項の確認は必須であるといえます(参考:仲裁条項採択状況(JSAA))。なお、中央競技団体(NF)に関しては、スポーツ団体ガバナンスコード原則11(1)「NFにおける懲罰や紛争について、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構によるスポーツ仲裁を利用できるよう自動応諾条項を定めること」とされています。

  したがって、申立をする前に、規程類をリサーチし、自動応諾条項の有無をチェックしなければなりません。自動応諾条項が見つからないとしても、申し立てることはできますが、被申立人が応諾しなかった場合は、手続は終了となってしまいます。なお、この場合、JSAAがその旨を公表することになっています(例:不応諾による手続終了)。

 

3 本案(申立の中身(趣旨)について判断する段階)に関する検討事項

 ⑴ 仲裁パネルが採用する判断基準

 本案において殆どの仲裁パネル(担当仲裁人)が採用する判断基準は以下のとおりです。

「日本スポーツ仲裁機構における過去の仲裁判断では、日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならないから、仲裁機関としては、

(1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、

(2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、

(3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、又は

(4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合

 において、それを取り消すことができる」

⑵ 判断基準に沿った戦略

 この判断基準は近時では殆どの仲裁パネルが採用しており、判断基準に沿った主張・立証をしていくことが必要となります。

 判断基準では、NFには自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、NFの決定を尊重しなければならないとしており、NFに一定の裁量を認めている点に注意する必要があります。すなわち、決定自体の当否が判断されるわけではなく、裁量の逸脱があるのかないのかが判断されるのであり、ただ当該決定が不当であるということを主張しても取り消される可能性は低いということになります。

 よって、当該決定は裁量の範囲を逸脱していること、すなわち判断基準の⑴~⑷(以下「4要件」)に該当することを主張・立証することになります。

 なお、4要件について、全ての要件に該当する必要はなく、1つでも該当すれば取り消されますが、複数の要件に該当する可能性があるのであれば、いずれも主張・立証することが戦略的にはよいといえるでしょう。

 

3 おわりに

 これまで述べてきたように、アスリートにとって、スポーツ仲裁において越えていかなければならないハードルは少なくありません。よって、アスリートの側で、これらのハードルを越えていけるのか、予めよく吟味する必要があります。負ける勝負に時間やコストをかけても仕方がないからです。

 とはいえ、ときにスポーツ仲裁はアスリートにとって強力な武器となります。様々な要素を勘案して、申し立てるとなれば、迅速かつ準備万端にスポーツ仲裁を申し立てていただければよいと思います。

 

 

 

スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ①

1 はじめに

 この度、スポーツ仲裁の申立人代理人を務めさせていただき、(公財)日本スポーツ仲裁機構(JSAA)の仲裁パネルから、中央競技団体(NF)の決定の取消し(「当該大会を日本代表選手選考会とするとの決定を取り消す」)の仲裁判断をもらうことができました(JSAA-AP-2022-007~011)。相談を受けて4日後にスポーツ仲裁を申し立て、その更に4日後に仲裁判断をいただきました。このようなタイトなスケジュールとなったのは、当該大会が10日後に迫っていた事情があり、緊急仲裁となったためです。結果的に、申立人であるアスリート達の言い分が認められ、その思いが届いて安堵しています。

 私は、大学で、スポーツ推薦により入学した学生の方々に向けたスポーツ法の講義を担当していますが、スポーツ仲裁を知らない人が大多数です。また、トップアスリートでも、スポーツ仲裁を知らない人の方が多いのではないでしょうか。これはNFなどが、スポーツ仲裁に関する教育をしたり、インフォメーションを提供したりすることがないからだといえます。そして、ほとんどのアスリートは、仮にスポーツ仲裁を知っていても、スポーツ仲裁どころではなく、トレーニングに励みたいというのが本音だと思います。

 しかし、ときにNFの決定を覆すというような強力な威力をもつ、スポーツ仲裁という選択肢を頭の引き出しに持っておいて損はないと思います。

 そこで、本欄では2回に分けて、先ずは、スポーツ仲裁というものを知ってもらい(第1回)、申し立てる際にはどのような注意点があり、どのような点を検討すべきなのかを考えたいと思います(第2回)。なお、従前にも本欄でスポーツ仲裁を紹介しています(「スポーツ仲裁って?」)が、2013年に書いたもので、かなり時間が経過していますので、以下では、内容をアップデイトして述べます。

 

2 スポーツ仲裁とは

⑴ 不服をどこに申し立てるか?

 「アスリートとして、スポーツ団体が行った決定に対して不服がある場合、どのようにしますか?」という問いに対して、アスリートのほとんどは「我慢します」と答えるのではないでしょうか。

 ところが、たとえば、代表選考基準によれば自分が代表選手として選考されるはずなのに選考されなかったということになれば、我慢するでは済まされないものと思います。

 そのようにスポーツ団体が行った決定を看過できない場合には、先ずはスポーツ団体と話をする、あるいは交渉するということが考えられます。

 しかしながら、ほとんどの場合は、スポーツ団体とアスリートとの力関係に大きな差があることから、取り合ってもらえないことも多いと思われます。

 よって次の手立てとしては、第三者に判断してもらうということが考えられます。

⑵ 裁判所に訴える

 アスリートの不服に関して、第三者の力を借りざるを得ない場合、その第三者として、もしかすると裁判所が思い浮かぶかもしれません。

たしかに裁判所に訴えるという選択肢もありますが、以下のようなデメリットがあります。

  ・時間がかかる(長い場合には数年を要することもある)。

  ・費用がかかる(通常、スポーツ仲裁と比べれば費用がかかる)。

  ・請求の当否の判断(本案)に入る前に却下される可能性がある。*

 このようなデメリットもあるとはいえ、裁判という手段も有効ですから、スポーツ仲裁と比較をして、いずれの手段をとるのか、よく検討する必要があります。

⑶ スポーツ仲裁を申し立てる

 スポーツ仲裁では、上述したような裁判所に訴えたときのデメリットはかなり解消されます。

ア 短時間で解決してもらえる

 時間的な制約がある場合には、申立人の時間的な希望にできる限り応じてもらうことができます。また、かなりの緊急性がある場合には、緊急仲裁(スポーツ仲裁規則第50条)として迅速に判断してもらうことができます。上述した、私が申立人代理人を担当した事件では、緊急仲裁とされ、申立の4日後に仲裁判断(骨子)をもらいました。

 また、仲裁判断は最終的なものであり、当事者双方を拘束する(同規則第48条)ので、裁判のように上訴されることがなく、そこで決着します。この観点からも裁判と比較して短時間で解決することがわかります。

イ 費用が安価である

 スポーツ仲裁を申し立てる場合の費用については、必ず必要なものとして申立料金があります。「申立料金」とは、仲裁を申し立てるにあたって、申立人がJSAAに対して支払うもの(スポーツ仲裁料金規程第2条)で、50,000円(税別)とされています(同規程第3条)。申立料金については、アスリート保護の観点から、比較的安価に設定されています。また、申立が認められた場合には、原則として、被申立人の負担となり、返金されます。なお、申立が認められなかった場合は、通常は申立人の負担となりますが、稀に、申立料金を按分負担したり、被申立人の負担とされたりすることもあります(スポーツ仲裁規則第44条第3項参照)。

 弁護士費用については、代理人となる弁護士との合意により額が決まります。被申立人が代理人をつけることも多いこと、スポーツ仲裁には専門的知識が必要なことから、申立をする際にはできる限り代理人をつけることをお勧めします。その際、JSAAには手続費用の支援制度(手続費用の支援に関する規則)がありますので、同制度を使うことを検討することも一案です。申立人となるアスリートは、資力に乏しいことも多く、私が代理人であったときにも、同制度を使わせていただきました。

ウ 裁判で判断してもらえないことも判断してもらえることがある

 裁判において、本案に至らず却下されてしまうような事件でも、スポーツ仲裁では判断してもらえる可能性があります。たとえば、スポーツ団体が代表選考に関わる決定をしても、それは団体内部の事柄として団体内部で解決すべきとして、裁判所に却下される可能性がありますが、スポーツ仲裁では迅速に判断してもらうことができます。

 なお、次回に述べますが、裁判とは別に本案前に気を付けるべきことがありますので留意して下さい。

 

3 小括

 以上のように、アスリートにおいてスポーツ団体の決定に不服がある場合に、その解決の一手段としてスポーツ仲裁があることは選択肢として是非とも覚えておいていただけるとよいと思います。

 次回は、スポーツ仲裁を申し立てるにあたって、事前に検討すべき事項について述べます。

 

*却下の理由として部分社会の法理(自律的な団体内部の紛争には司法権が及ばないとする法理)などがあります。

 

 

スポーツ団体の利益相反について③

1 はじめに

これまで、利益相反や利益相反取引の定義、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(以下「一般法人法」)に関し「スポーツ団体の利益相反について①」において、「公益認定社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(以下「公益認定法」)に関し「スポーツ団体の利益相反について②」において、整理をしてきました。

今回は、前2回を受けて、中央競技団体(NF)向けスポーツ団体ガバナンスコード(GC)について、みていきたいと思います。

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GC原則8 利益相反を適切に管理すべきである。

(1) 役職員、選手、指導者等の関連当事者とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理すること

(2) 利益相反ポリシーを作成すること

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GC原則8(GC8)については上記のとおりです。

先ず、GC8(1)において、利益相反の管理の対象者として、理事のみならず、監事、職員、指導者等の関連当事者が挙げられている点に着目すべきでしょう。

次に、GC8は、利益相反の「利益」の内容として、経済的な利益のみならず、大会への出場資格の付与、団体登録、各種選手の選考まで含まれるようにも読める点にも注意する必要があります。

さらに、GC8(2)における利益相反ポリシーの作成に当たっては、「利益相反取引該当性」及び「利益相反の承認における判断基準」という2つの基準を策定するように求めている点にも着目する必要があります。

 

2 管理すべき対象者の範囲

GC8(1)は、「役職員、選手、指導者等の関連当事者」とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理することとしています。

また、GC8「補足説明」において、「利益相反取引該当性を定めるに当たっては、理事が所属する他の企業・団体、理事の近親者等の形式的な基準に加えて、理事が懇意とする取引先等、当該NFにおいて想定される『利益相反的関係』を有する者(関連当事者)についても、実情に照らし適切に該当範囲に含めることが望まれる。」とされています。

このように「関連当事者」については、「理事が懇意とする取引先」という例が示されており、その該当性について実質的に判断するよう求めている一方で、「基準の明確性が損なわれないように留意することが望まれる」ともされています。

「関連当事者」は、前回検討した公益認定法における特別利益供与禁止の対象者と重なり合いが多いといえるものの、特別利益供与禁止の対象者については、法律、施行規則、施行令で詳細かつ厳格に決められていること(「スポーツ団体の利益相反について②」参照)と比べれば、相当曖昧であるといわざるを得ません。

 

3 管理の対象となる利益相反

一般法人法の利益相反の規制が経済的な利益相反に限られていることは、「スポーツ団体の利益相反について①」で検討してきたとおりですが、GC8が求める「利益相反」が利益相反取引に限られているのかは明確ではありません。

というのも、GC8「求められる理由」の冒頭で、NFが有する重大な権限として「大会への出場資格の付与、団体登録、代表の選手選考と始めとする各種選手の選考等」を挙げ、これらの権限の適正な行使を担保し、国民・社会からの信頼を醸成するために、利益相反への適切な対応が重要であるとしており、これらの記載から、経済的利益に限らず「大会への出場資格の付与、団体登録、代表の選手選考と始めとする各種選手の選考等」をも含めた利益に関し管理することを求めているようにも読めるからです。

これらを「利益相反」という概念で捉えて、利益相反ポリシーに基づき管理すべきものなのか、検討する必要があります。

 

4 利益相反取引該当性基準と利益相反承認判断基準

GC8「補足説明」において、「利益相反ポリシーの作成に当たっては、どのような取引が利益相反関係に該当するのか(利益相反取引該当性)、どのような価値判断に基づいて利益相反取引の妥当性を検討すべきか(利益相反の承認における判断基準)について、当該団体の実情を踏まえ、現実に生じ得る具体的な例を想定して、可能な限り分かりやすい基準を策定することが望まれる。」とされています。

ここから分かることは、利益相反ポリシーにおいては、「利益相反取引」について、承認が得れれば取引が許容されるという点と、利益相反を適切に管理するために、利益相反取引該当性判断の段階と利益相反承認判断の段階の2段階で基準を設定するよう求めている点にあります。

 

5 法律による規制とGC8

前々回「スポーツ団体の利益相反について①」において検討した一般法人法と前回「スポーツ団体の利益相反について②」において検討した公益認定法と、上述したGC8について整理すると以下のようになります。

一般法人法 公益認定法 GC8
内容 利益相反取引規制 特別利益供与禁止 利益相反*の管理
管理対象者 理事 公益認定法特別利益供与
禁止対象者
関連当事者
管理方法 理事会承認あれば許容 特別利益供与の禁止 ●利益相反取引**:
理事会承認あれば許容
●その他の利益相反***:
禁止or承認あれば許容?

註*)GCが管理すべき利益相反は、利益相反取引のみか、その他の利益相反(代表選考等)を含むのか

註**)GCにおいて管理すべき利益相反取引の対象者は理事のみか、関連当事者か

註***)その他の利益相反の管理方法は、理事会承認により許容するか、禁止か

 

6 GC8に関する検討(私見)

以下、註*、**、***に関し、以下、若干の検討を加えます。

(1) GC8が求める管理すべき「利益相反」(註*、註***)

たとえば、NFにおいて、代表選考基準を作成する場合や代表選考基準に基づいて代表選考をする場合(特にNFの裁量がある場合)に、代表選考基準作成権者や代表決定権者に選考の対象者が入っていたり、当人でなくとも代表選考される人の妻や親(これらを「利害関係人」といいます)が入っていたりすると、それらの人は公平・公正な判断ができないと考えられることから、適切ではないといえるでしょう。

このように、NFが利益相反取引以外の利益相反(代表選考等)を管理しなければならないことは間違いがありませんが、これらを利益相反ポリシーで管理するのか否かは、NFの判断によると考えられます。個別の規程、代表選考でいえば代表選考規程の中で、利害関係人を代表選考手続に関わらせないといった定めを置くことも一案だと考えます(註*)。

なお、利益相反取引以外の利益相反については、理事会の承認により許容されるとするのではなく、公平性・公正性の観点から、一律に利害関係人の関与を禁ずるのが妥当であると考えます(註***)。

 

(2) 利益相反取引規制の対象者(註**)

GC8によれば、利益相反取引規制の対象者を理事以外の関連当事者にも広げるのか明らかではありませんが、利益相反取引規制の対象者は理事に限定し、利益相反取引に関し、予め策定した判断基準に則り理事会が承認の判断をすれば当該取引は許容されるものとするのが妥当と考えます。

これは一般法人法の規制と同じですが、理事会の承認の基準として、GC8の求める2つの基準により判断するというものです。

利益相反取引規制の対象者を理事に限定するのは、理事はNFの意思決定機関である理事会のメンバーであり、議決権を有するのであり、理事以外の議決権を有しない職員やNF関係者にまで対象者を広げる必要性が少ないと考えられるからです。

たとえば、職員が代表取締役を務める会社とNFが取引をするとしても、NFの職員はNFの意思決定について原則として関与できない以上、利益相反取引規制の対象にする必要がないのではないでしょうか。例外的に、当該取引について権限を有する職員の場合には、職務に関する規程などで利害関係がある職員は当該取引に関わることができない旨の定めをおくことで足りると考えます。

 

7 おわりに

これまでスポーツ団体においては、当該競技のいわゆる身内だけで運営されることも多く、利益相反という概念に対する意識が希薄であったことは否めない以上、利益相反を管理すべきことには異論はありません。

しかし、実際にGC8に基づき利益相反を管理しようとすると、様々な疑問や問題点が生じ、NFとしても困っているのが現状であると思います。

今後、GC8も改定されるものと思われますが、3回にわたって利益相反について検討し、その上で、解釈上問題になりそうな点について私見を述べさせていただきました。

 

【参考】

・「スポーツ団体の利益相反について①

・「スポーツ団体の利益相反について②

 

 

 

スポーツ団体の利益相反について②

1 はじめに

前回は、「スポーツ団体の利益相反について①」と題し、利益相反・利益相反取引の定義、一般法人法の定めについて検討しました。今回は、これらに続いて、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)の定めについて検討を加えます。

 

2 公益認定法による定め

一般法人が公益認定されれば、公益社団法人または公益財団法人(以下まとめて「公益法人」)となります。統括団体(JSPO、JOC、JPSA、JSC)や殆どのNFは公益認定を受けて、公益法人となっています。

そして、公益法人に関する法律として、公益認定法があり、同法は利益相反について直接的に定めているわけではありませんが、近い概念である「特別の利益」の供与に関して、以下のように定めています。
なお、下記の定めは、公益認定の際の要件であるだけでなく、反した場合には公益認定の取消原因となります。
また、公益認定法に関して、施行令及び施行規則が定められているため、併せて参照する必要があります。

======================================

公益認定法

第5条 (公益認定の基準)

行政庁は、前条の認定(以下「公益認定」という。)の申請をした一般社団法人又は一般財団法人が次に掲げる基準に適合すると認めるときは、当該法人について公益認定をするものとする。

  <中略>
 その事業を行うに当たり、社員、評議員、理事、監事、使用人その他の政令で定める当該法人の関係者*に対し特別の利益を与えないものであること。

 その事業を行うに当たり、株式会社その他の営利事業を営む者又は特定の個人若しくは団体の利益を図る活動を行うものとして政令で定める者**に対し、寄附その他の特別の利益を与える行為を行わないものであること。ただし、公益法人に対し、当該公益法人が行う公益目的事業のために寄附その他の特別の利益を与える行為を行う場合は、この限りでない。

    <以下略>

【註*】

上記3号の「政令で定める法人の関係者」については以下のとおり(公益認定法施行令第1条各号)。

 当該法人の理事、監事又は使用人

 当該法人が一般社団法人である場合にあっては、その社員又は基金の拠出者

 当該法人が一般財団法人である場合にあっては、その設立者又は評議員

 前3号に掲げる者の配偶者又は三親等内の親族

 前各号に掲げる者と婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者

⑥ 前2号に掲げる者のほか、第1号から第3号までに掲げる者から受ける金銭その他の財産によって生計を維持する者

 第2号又は第3号に掲げる者が法人である場合にあっては、その法人が事業活動を支配する法人又はその法人の事業活動を支配する者として内閣府令****で定めるもの

【註**】

上記4号の「特定の個人又は団体の利益を図る活動を行う者」については以下のとおり(公益認定法施行令第2条各号)。

① 株式会社その他の営利事業を営む者に対して寄附その他の特別の利益を与える活動(公益法人に対して当該公益法人が行う公益目的事業のために寄附その他の特別の利益を与えるものを除く。)を行う個人又は団体

② 社員その他の構成員又は会員若しくはこれに類するものとして内閣府令で定める者(以下この号において「社員等」という。)の相互の支援、交流、連絡その他の社員等に共通する利益を図る活動を行うことを主たる目的とする団体

【註***】

公益認定法第29条第2項で、「行政庁は、公益法人が次のいずれかに該当するときは、その公益認定を取り消すことができる。」とし、同項第1号で「第5条各号に掲げる基準のいずれかに適合しなくなったとき」として、上記「特別の利益」に関する定めは公益認定の取消原因となっている。

【註****】

「事業活動を支配する法人として内閣府令で定めるもの」(公益認定法施行令第1条第7号)とは、当該法人が他の法人の財務及び営業又は事業の方針の決定を支配している場合における当該他の法人(以下「子法人」という。)とされ(同法施行規則第1条第1項)、「法人の事業活動を支配する者として内閣府令で定めるもの」(同法施行令第1条第7号)とは、一の者が当該法人の財務及び営業又は事業の方針の決定を支配している場合における当該一の者とされる(同法施行規則第1条第2項)。

同法施行規則第1条第1項及び第2項の「財務及び営業又は事業の方針の決定を支配している場合」とは、次に掲げる場合をいう(同条第3項)。

 一の者又はその一若しくは二以上の子法人が社員総会その他の団体の財務及び営業又は事業の方針を決定する機関における議決権の過半数を有する場合

 第1項に規定する当該他の法人又は前項に規定する当該法人が一般財団法人である場合にあっては、評議員の総数に対する次に掲げる者の数の割合が百分の五十を超える場合

 一の法人又はその一若しくは二以上の子法人の役員(理事、監事、取締役、会計参与、監査役、執行役その他これらに準ずる者をいう。)又は評議員

 一の法人又はその一若しくは二以上の子法人の使用人

 当該評議員に就任した日前五年以内にイ又はロに掲げる者であった者

 一の者又はその一若しくは二以上の子法人によって選任された者

 当該評議員に就任した日前5年以内に一の者又はその一若しくは二以上の子法人によって当該法人の評議員に選任されたことがある者

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(1) 特別の利益供与の禁止の趣旨

特別の利益供与が禁止される趣旨は、公益法人の財産は公益目的事業に使用されるべきものであり、営利事業や特定の者のために使用されることは適当ではなく、特別の利益の供与を禁ずることで公益法人に対する信頼を確保することにあります。したがって、利益相反の規制とは似た概念であるとはいえ趣旨が若干異なるともいえます。

(2) 留意すべき3つの点

公益認定法の特別の利益供与の禁止に関して留意すべき点は3点あります。すなわち、禁止される「特別の利益」の供与の対象となる者の範囲は極めて広い点、「特別の利益」の解釈が曖昧である点、及び特別利益の供与は「禁止」であり一般法人法の利益相反取引のように承認される余地がない点です。

(a) 禁止される利益供与の対象

禁止される利益供与の対象は、「政令で定める当該法人の関係者」であり、公益認定法施行令によれば、①理事、②監事、③使用人、④社員(社団法人)、⑤基金の拠出者(社団法人)、⑥設立者(財団法人)、⑦評議員(財団法人)のほか、①~⑦の配偶者又は三親等内の親族、若しくは①~⑦の婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者、①~⑦から受ける金銭その他の財産によって生計を維持する者、③~⑥が法人である場合その法人が事業活動を支配する法人又はその法人の事業活動を支配する者として内閣府令(上記 註****参照)で定めるものとなり、極めて広範囲にわたります。

(b) 「特別の利益」の定義

内閣内閣府公益認定等委員会が作成した「公益認定等に関する運用について」において、「『特別の利益』とは、利益を与える個人又は団体の選定や利益の規模が、事業の内容や実施方法等具体的事情に即し、社会通念に照らして合理性を欠く不相当な利益の供与その他の優遇」としており、基準としてはかなり曖昧なものになっています。
具体的に、どのような利益供与が「特別の利益」に該当するのか、明らかではありませんが、他の法人に助成金や補助金を出すことについて、それをもって直ちに「特別の利益」に該当するものではなく、不相当な利益供与に当たるもののみ問題となるとされています(「公益法人制度等に関するよくある質問 問Ⅳ-1-①」)。

(c) 特別の利益供与は禁止

「特別の利益」の供与はあくまで禁止であり、一般法人法における利益相反取引のように承認機関が認めれば供与が可能になるというようなことはありません。この点は重要な相違だといえます。

 

3 おわりに

公益認定法を読み解くには、施行令や施行規則を参照しなければならず、なかなか煩雑であるといえます。また、これまで検討してきたように、公益法人法の特別の利益供与の禁止は、その趣旨からも一般法人法の利益相反取引の制限とは異なるところもあります。次回(最終回)では、これらの定めとGCとがどのように関わるのか検討したいと思います。

 

 

スポーツ団体の利益相反について①

1 はじめに

2019年に、スポーツにおける中央競技団体(NF)に向けてガバナンスコード(GC)がスポーツ庁により策定され、その中で原則8として以下のように定められています。

========================================

原則8 利益相反を適切に管理すべきである。

(1) 役職員、選手、指導者等の関連当事者とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理すること

(2) 利益相反ポリシーを作成すること

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そして、GCが作成を求める「利益相反の管理」がいかなる内容であるべきなのか、NF等のスポーツ団体が苦慮していると聞くことも少なからずあります。また、法人化したスポーツ団体において、利益相反等に関わる法令について、意外に知られていないと感じることも多々あります。

そこで、今回は、スポーツ団体の利益相反について考えたいと思います。先ずは、利益相反や利益相反取引の定義について述べた後、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」)や公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)を整理した上で、GCについて検討したいと思います。

 

2 利益相反・利益相反取引

⑴ 利益相反・利益相反取引とは 

「利益相反」とは、一方の利益になると同時に他方の損失になるというような、相互の利益が衝突・相反(あいはん)する状態をいいます。

「利益相反取引」とは、「取引」が営利(経済的利益)のためになす経済行為という意味であるため、相互の利益が衝突・相反する経済行為ということになります。

したがって、「利益相反」に該当する「行為」は、「利益相反取引」を包括する広い概念といえます。

 

 研究機関における利益相反

大学などの研究機関において、「取引」とはいえない研究・教育について、「利益相反」という言葉が使われることがあります。

その場合の「利益相反」とは、企業等から研究費等の経済的利益を受けて研究をする場合に、そのような利益と大学や研究者として公に資する研究をしなければならないという責任とが衝突・相反することをいうようです。

 

 スポーツ団体における利益相反

スポーツ団体においては、当然ながら「取引」に関して利益相反が生じることもありますが、経済的行為でない業務等においても、利益が相反する状態があり得ます。

たとえば、スポーツ団体の重要な業務のひとつである代表選手選考をする場合に、選考する側(理事会や強化委員会など)に選考の対象となる選手自身やその親族がいれば、選考の公正性や中立性が損なわれますが、このことを利益相反と呼ぶことがあります。すなわち、選考する側の責任と選考される側の利益が衝突・相反するということになります。

なお、GC原則8において、「利益相反」という言葉と「利益相反取引」という言葉が明確な区別がなく使われているようにも思われ、これが混乱を招く原因のひとつとなっていると考えられます。

 

3 一般法人法による定め

スポーツ団体が法人化する場合には、一般社団法人や一般財団法人(以下まとめて「一般法人」)になることが多いと思われますが、利益相反に関し、一般法人法が下記のように定めています。

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第84条(競業及び利益相反取引の制限)

1 理事は、次に掲げる場合は、社員総会*において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

① 理事が自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引をしようとするとき。

② 理事が自己又は第三者のために一般社団法人と取引をしようとするとき。

③ 一般社団法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において一般社団法人と当該理事との利益が相反する取引をするとき。

 

第111条(役員等の一般社団法人に対する損害賠償責任)

1 理事、監事又は会計監査人は、その任務を怠ったときは、一般社団法人に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

2 理事が第84条第1項の規定に違反して同項第1号の取引をしたときは、当該取引によって理事又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。

3 第84条第1項第2号又は第3号の取引によって一般社団法人に損害が生じたときは、次に掲げる理事は、その任務を怠ったものと推定する

① 第84条第1項の理事

② 一般社団法人が当該取引をすることを決定した理事

③ 当該取引に関する理事会の承認の決議に賛成した理事

 

*なお、競業及び利益相反取引に関する承認機関について、理事会設置一般社団法人の場合及び一般財団法人の場合には理事会の承認となる(第92条、第197条)

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⑴ 利益相反取引の制限の趣旨及び内容

利益相反取引が制限される(84条1項2号3号)の趣旨は、理事が自ら当事者として(=自己のため)又は他人の代理人・代表者として(=第三者のため)法人と取引をする場合(直接取引、同項2号)、あるいは法人が理事の債務を保証する場合のように理事以外の者との間において法人と当該理事との利益が相反する取引をする場合(間接取引、同項3号)においては、当該理事が自己又は第三者の利益を図り、法人の利益を害する(経済的損失を生じる)おそれがあるため、これを防ぐことにあります。

当該取締役は、重要な事実を開示しなければならず(同項柱書)、これらの事実を基に様々な観点から総合勘案されて、理事会ないし社員総会により当該取引が承認されれば、当該取引をしてよいことになります。

ただし、結果的に一般法人に損失が生じた場合には、当該理事、当該取引を決定した理事、当該取引の承認に賛成した理事は、任務懈怠が推定され(111条3項)、もって損害賠償責任が生じる可能性があります(同条1項)。すなわち、承認を経たか否かにかかわらず、損失が生じた場合には、当該利益相反取引に関与した理事に賠償責任を負わせることで法人の損失の回復を図る手段があるということになります。

なお、競業取引(84条1項1号)についても、法人の利益を害するおそれがあることは、利益相反取引と変わりがないため、同様の制限を受けています。

 

⑵ 制限の対象は「理事」が関わる「取引」に限られる

一般法人法84条は、利益相反に関して、「理事」が関わる「取引」という経済行為を制限しています。

したがって、監事、職員及びその他法人の関係者は同条の制限の対象とされていません。その理由として、監事や職員その他法人の関係者は当該取引に関して承認や議決の権限がないことが挙げられます。

また、前述したような、スポーツ団体における代表選手選考に関する利益相反は「取引」には該当しないため、同条の制限の対象外となります。

 

⑶ 利益相反取引の「制限」であって「禁止」ではない

一般法人法84条は、利益相反取引を制限しているに過ぎず、適式な手続を経れば、利益相反取引も許されるのであって、絶対的な禁止ではないことに注意する必要があります。

この点、平たく言えば、利益相反取引の制限はあくまで損得の問題であり、理事会でその損得について判断させ、仮に事後、損失が生じていることが判明すれば、関係した理事に損失を補わせるということになります。

したがって、次回に検討する公益認定法における特別の利益の供与はあくまで禁止であり、この供与が認められることがないことと対照的です。

 

~次回は、公益認定法及びGC原則8について検討します。~

 

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