弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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<アンチ・ドーピング>サプリメント摂取の際の注意事項

1 はじめに

 サプリメントによりドーピング違反となった場合でも、資格停止期間が短縮されるケースがあります。前回の本欄では、「サプリメントと『汚染製品』(JADC10.6.1.2)」(JADC:日本アンチ・ドーピング規程)と題し、サプリメントによる違反と汚染製品という概念について検討しました。

 今回は、実際に日本アンチ・ドーピング規律パネル(以下、単に「規律パネル」といいます)により、資格停止期間が基準となる4年(非特定物質)から5ヶ月に短縮されたJADA2021-001事件(2024.8.26現在JADAホームページにて本件決定内容を確認可能)を検討し、どのような事実が資格停止期間の短縮のために役立ったのかを検討します。

 これらの事実を知って、履践しておけば、可及的にドーピング違反となることを防ぐことができる(コンタミの場合は防ぐことは極めて難しい)と共に、万が一サプリメントによりドーピング違反となったとしても、資格停止期間の短縮を望むことができます。

 

2 JADA2021-001事件~非特定物質によるJADC2.1違反~

⑴ 4年資格停止から5か月資格停止に短縮

 本件においては、非特定物質によるJADC2.1(検体中に禁止物質・代謝物・マーカーの存在)違反が認められました。非特定物質よる違反であるため4年の資格停止期間が原則となります(JADC10.2.1.1)。

 そして、競技者が、本件違反が「意図的ではなかった」ことの立証に成功し、原則となる資格停止期間が2年となります(JADC10.2.2)。

 さらに、「重大な過誤又は過失がないこと」、及び「汚染物質」に由来することの立証に成功したため、最も軽ければ資格停止を伴わない譴責、最も重くても資格停止2年の制裁となりました(JADC10.6.1.2)。

 以上を踏まえて、最終的には、資格停止5か月となっています。

 

⑵ 「意図的ではないこと」を根拠づける事実

 本件決定において、「意図的ではないこと」(JADC10.2.1.1但し書)を根拠づける事実として、以下の事実が認められています。

 なお、「意図的」とは、「自らの行為がJADC違反を構成することを認識した上でその行為を行ったか、又は、当該行為がJADC違反を構成し若しくはJADC違反の結果に至りうる重大なリスクがあることを認識しつつ、当該リスクを明白に無視した競技者又はその他の人をさす」(JADC10.2.3)とされています。

 

 競技者は、右ハムストリングスに肉離れを起こし、別メニューでのトレーニング中に筋力トレーニングの強度を高めるため、1日あるいは2日、チームが提供するオリジナルのサプリメントとは別に、クレアチンを含む本件サプリメントを服用した。

 競技者が消費せず残っていた本件サプリメントにつき、検査機関に検査を依頼したところ、1錠あたり3.7~9.8ngのオスタリンが検出された。

 本件サプリメントの成分表示に、オスタリン(同物質の別名を含む)を含有する旨の表示はなされておらず、他に、オスタリンの含有を疑わせる事実はない。

 競技者が本件における検体採取前数ヶ月以内において(チーム提供のサプリメントとは別に)摂取した複数のサプリメント【本件サプリメント以外のもの】につき、同様に検査したところ、オスタリンは検出されなかった(【】内は著者による)。

 

 規律パネルは、①~④の事実によれば「競技者の検体に検出された禁止物質は本件サプリメントに由来するものと認められ」かつ「競技者は、本件サプリメントを摂取することにより自らの行為がJADC違反を構成することを認識しておらず、かつ、そのような結果に至りうるリスクがあることも認識していなかったと認められる」と述べ、加えて、JADAも「意図的」でなかった点を争っていないことから、競技者が、本件違反が「意図的」でなかった旨を立証できたと認めています。

 本件禁止物質は非特定物質ですので、原則的な資格停止期間は4年です(JADC10.2.1.1)が、競技者が「意図的」ではないことを立証できたので資格停止期間は2年が基準となります(JADC10.2.2)。

 

⑶ 「重大な過誤又は過失」がないことを基礎づける事実

 規律パネルは、次に、JADC2.1違反について、以下の事実に基づき、「重大な過誤又は過失」の存否について検討しています。

 なお、サプリメントによる違反の場合に「過誤又は過失」がないと立証することが極めて困難であることは、前回の本欄「サプリメントと『汚染製品』(JADC10.6.1.2)」で述べたとおりです。

 

 競技者は、

禁止表がJADAのウェブサイトに掲載され、サプリメントに禁止物質が含有されていることを確認できること、

・自身が摂取するサプリメントの成分表に、競技者の知らない成分が記載されている場合には、チームドクターやトレーナーの確認をとる必要があること、

海外製のサプリメントよりも国内製のサプリメントの方が汚染されているリスクが低いこと、

どのような経過で禁止物質が体内に侵入したかにかかわらずドーピング規則違反となり、その制裁は非常に重いことにつき、

認識していた。

 本件サプリメントは国内製であり、食品GMP*の認証や品質マネジメントシステム国際規格(JSO9001:2015)**の認証を受けた国内の工場で製造されていることが、本件サプリメントの公式ウェブサイト及び通販サイトにおいて明示されており、この点を競技者は本件サプリメントの購入前に確認した。

⑦ 本件サプリメントに関して競技者は、購入前に通販サイトにおける本件サプリメントの情報欄に掲載されている成分表を確認し、オスタリン(同物質の別名を含む。)を含めた禁止表に記載されている禁止物質が表示されていないことを確認した。

⑧ 本件サプリメントを購入する前に、本件サプリメントの名前と「ドーピング」という用語を用いてインターネット検索をしたが、本件サプリメントが原因でドーピング規則違反となった例があるという情報や、本件サプリメントに関するドーピングの危険性について警鐘を鳴らすような情報は確認できなかった。

⑨ 本件サプリメント購入後、摂取前に、手元に届いた本件サプリメントのパッケージに掲載されている成分の表示を確認し、禁止物質が表示されていないことを改めて確認した。

 

 規律パネルは、以上の事実により、競技者は、自らが摂取するサプリメント等について日常的に注意を払っており、また、本件サプリメントについても一定の注意を払った上で購入・接種をしており、JADAもこの点を争っておらず、「重大な過誤又は過失」がないことは立証されたとしています。

 

⑷ 「汚染製品」由来を基礎づける事実

 「重大な過誤又は過失がないこと」を立証できた場合で、「汚染製品」に由来することを立証できれば、最も軽ければ資格停止を伴わない譴責、最も重くても資格停止2年の制裁となります。なお、汚染製品については、前回の本稿で詳しく述べましたので参考にして下さい(「サプリメントと『汚染製品』(JADC10.6.1.2)」)。

 規律パネルは、上記③、⑦~⑨の事実及びJADAが争っていないことをもって、本件サプリメントが「汚染製品」と認め、「汚染製品」に由来することを認めています。

③、⑦~⑨について、下記に再掲しておきます。

 

 本件サプリメントの成分表示に、オスタリン(同物質の別名を含む)を含有する旨の表示はなされておらず、他に、オスタリンの含有を疑わせる事実はない。

⑦ 本件サプリメントに関して競技者は、購入前に通販サイトにおける本件サプリメントの情報欄に掲載されている成分表を確認し、オスタリン(同物質の別名を含む。)を含めた禁止表に記載されている禁止物質が表示されていないことを確認した。

⑧ 本件サプリメントを購入する前に、本件サプリメントの名前と「ドーピング」という用語を用いてインターネット検索をしたが、本件サプリメントが原因でドーピング規則違反となった例があるという情報や、本件サプリメントに関するドーピングの危険性について警鐘を鳴らすような情報は確認できなかった。

⑨ 本件サプリメント購入後、摂取前に、手元に届いた本件サプリメントのパッケージに掲載されている成分の表示を確認し、禁止物質が表示されていないことを改めて確認した。

 

⑸ 資格停止5ヶ月が相当であることを基礎づける事実

 上記のように、「重大な過誤又は過失がないこと」及び「汚染製品」由来が立証されたため、残された問題は資格停止を伴わない譴責~資格停止2年で本件においてどのような制裁を科すかということになります。

 規律パネルは、更に以下のような事実を挙げて検討しています。

 

 競技者は、サプリメントについて汚染の可能性があることは認識していたが、他方でサプリメントに関するチームのサポートがあったにもかかわらず、チームが提供するサプリメント以外のサプリメントの摂取に関してチームドクターやトレーナーに相談すべきであるとは考えておらず、また、実際にも本件サプリメントについては(他の医師や薬剤師等の中立的な専門家も含む)何ら相談していなかった

 JADC10.6.1.2の解説によれば、「ドーピング・コントロール・フォームにおいて後日汚染されていると判断された製品を申告していたかどうかは重要である」とあるところ、本件において競技者は、検体摂取日の3~4日前に摂取したサプリメントであったにもかかわらず、ドーピング・コントロール・フォームに本件サプリメント名を記載せず、「アミノ酸」「プロテイン」としか記載しなかった。

 

 規律パネルは、競技者はアンチ・ドーピング活動への理解を一定程度有していたものの、上記①にあるように、本件サプリメントを、練習中に右ハムストリングスに肉離れを起こし、別メニューでのリハビリトレーニングを行う際に、「筋力トレーニングの強度を高めるため」に摂取しており、この目的は、JADCが非特定物質に重い制裁をもって禁圧することを意図した「競技力向上の目的」に他ならない。

 また、JADCにおいては、制裁措置の短縮には「競技者が汚染製品を摂取する前に高度な注意を払う必要があることが明示されているところ(JADC10.6.1.2の解説)、上記⑩の事実はこの点において問題なしとはいえない。

 さらに⑪の事実も、アンチ・ドーピング活動への協力という観点からは、やはり問題なしとはいえない。以上の事実及び今回の事実が1回目の違反であることを勘案した結果、資格停止期間は5ヶ月とするのが相当としています。

 

⑹ 他事件(JSAA-DP-2016-001)との比較による短縮

 競技者は、他事件(JSAA-DP-2016-001、資格停止4ヶ月)と比較して、本件においても長くとも4ヶ月の資格停止とすべきと主張しました。

これに対し、規律パネルは、以下の事実を挙げて検討しています。

 

 他事件のサプリメントの摂取時点から本件におけるサプリメント摂取時点まで約5年が経過しており、その間サプリメントに禁止物質が含有していなことの第三者機関による認証システムや、認証を受けているサプリメントに関する情報を提供するウェブサイト等が提供されるに至っている。

⑬ 競技者は、サプリメントに汚染の可能性があることは認識していたのであるから、チームドクターやトレーナー、他の医師や薬剤師等の中立的な専門家等に相談して、かかるシステムや情報ウェブサイトを通じて自己の目的にあった安全なサプリメントの推奨を受けることも、本件サプリメントの摂取を考えた時点においては可能であったといえる。 

 

 規律パネルは、以上をもって、他事件と同列に比較することはできず、更なる短縮はしないとしました。

 

3 まとめ ~サプリメント摂取に際して気をつけなければならないこと~

◆ 競技者は、自らが摂取するものに関して責任を負うとともに、サプリメントの汚染の可能性に関しては競技者に対して既に注意喚起がなされており、どのような経過で禁止物質が体内に侵入したかにかかわらずドーピング規則違反となり、その制裁は非常に重いことを認識すること

◆ 侵入経路の立証のために、サプリメントを全て消費するのではなく若干量残しておくこと(②参照)、ドーピング・コントロール・フォームには摂取したサプリメントの名称を全て記載すること(⑪参照***)

◆ チームドクターやトレーナー、他の医師や薬剤師等の中立的な専門家等に相談して、サプリメントに禁止物質が含有していなことの第三者機関による認証システムや、認証を受けているサプリメントに関する情報を提供するウェブサイト等を通じて、自己の目的にあった安全なサプリメントの推奨を受けることが有用なこと(⑩⑫⑬参照)

◆ 摂取するサプリメントが国内製か海外製かを確認し、後者は前者よりも汚染のリスクが高いため、海外製サプリメントの摂取にはより慎重であるべきこと(⑤参照)

◆ サプリメントの摂取の目的が競技力向上の場合には、サプリメント摂取にはより慎重であるべきこと(①及び⑸参照)。

◆ 上記以外にも、サプリメントの購入前、摂取前に、当該サプリメントに禁止物質が入っていなことを複数の有効な方法で確認し(⑥~⑨参照)、確認したという事実を後に立証できるよう証拠として残しておくこと

 

*GMP:Good Manufacturing Practice(適正 製造規範)の略で、原材料の受け入れから製造、 出荷まで全ての過程において、製品が「安全」 に作られ、「一定の品質」が保たれるようにする ための製造工程管理基準のこと。健康食品(特に錠剤やカプセル状のもの)は、製造の過程で濃縮や混合 などの作業が行われるため、製品中に含まれる成分量にバラつきがでた り、汚染などにより有害物質が混入したりする可能性があり、この 問題を未然に防ぐためにGMPが導入されるようになり、国際的 にもGMPの義務化や自発的な取り組みが推進されている。

**JSO9001:2015:工業製品の品質の向上を目的とした日本工業規格。JISQ9001:2015 品質マネジメントシステム-要求事項 (kikakurui.com)

***JADAがドーピング・コントロール・フォームへの記載を求めるのは、競技者にとって侵入経路の立証のために役立つという側面があることとJADAにとって記載されたサプリメントが一応クリーンであることの情報(コンタミの可能性は排除できない)が得られることがあると考えられる。

 

 

 

 

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