スポーツ団体の利益相反について①
1 はじめに
2019年に、スポーツにおける中央競技団体(NF)に向けてガバナンスコード(GC)がスポーツ庁により策定され、その中で原則8として以下のように定められています。
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原則8 利益相反を適切に管理すべきである。
(1) 役職員、選手、指導者等の関連当事者とNFとの間に生じ得る利益相反を適切に管理すること
(2) 利益相反ポリシーを作成すること
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そして、GCが作成を求める「利益相反の管理」がいかなる内容であるべきなのか、NF等のスポーツ団体が苦慮していると聞くことも少なからずあります。また、法人化したスポーツ団体において、利益相反等に関わる法令について、意外に知られていないと感じることも多々あります。
そこで、今回は、スポーツ団体の利益相反について考えたいと思います。先ずは、利益相反や利益相反取引の定義について述べた後、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」)や公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)を整理した上で、GCについて検討したいと思います。
2 利益相反・利益相反取引
⑴ 利益相反・利益相反取引とは
「利益相反」とは、一方の利益になると同時に他方の損失になるというような、相互の利益が衝突・相反(あいはん)する状態をいいます。
「利益相反取引」とは、「取引」が営利(経済的利益)のためになす経済行為という意味であるため、相互の利益が衝突・相反する経済行為ということになります。
したがって、「利益相反」に該当する「行為」は、「利益相反取引」を包括する広い概念といえます。
⑵ 研究機関における利益相反
大学などの研究機関において、「取引」とはいえない研究・教育について、「利益相反」という言葉が使われることがあります。
その場合の「利益相反」とは、企業等から研究費等の経済的利益を受けて研究をする場合に、そのような利益と大学や研究者として公に資する研究をしなければならないという責任とが衝突・相反することをいうようです。
⑶ スポーツ団体における利益相反
スポーツ団体においては、当然ながら「取引」に関して利益相反が生じることもありますが、経済的行為でない業務等においても、利益が相反する状態があり得ます。
たとえば、スポーツ団体の重要な業務のひとつである代表選手選考をする場合に、選考する側(理事会や強化委員会など)に選考の対象となる選手自身やその親族がいれば、選考の公正性や中立性が損なわれますが、このことを利益相反と呼ぶことがあります。すなわち、選考する側の責任と選考される側の利益が衝突・相反するということになります。
なお、GC原則8において、「利益相反」という言葉と「利益相反取引」という言葉が明確な区別がなく使われているようにも思われ、これが混乱を招く原因のひとつとなっていると考えられます。
3 一般法人法による定め
スポーツ団体が法人化する場合には、一般社団法人や一般財団法人(以下まとめて「一般法人」)になることが多いと思われますが、利益相反に関し、一般法人法が下記のように定めています。
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第84条(競業及び利益相反取引の制限)
1 理事は、次に掲げる場合は、社員総会*において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
① 理事が自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
② 理事が自己又は第三者のために一般社団法人と取引をしようとするとき。
③ 一般社団法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において一般社団法人と当該理事との利益が相反する取引をするとき。
第111条(役員等の一般社団法人に対する損害賠償責任)
1 理事、監事又は会計監査人は、その任務を怠ったときは、一般社団法人に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2 理事が第84条第1項の規定に違反して同項第1号の取引をしたときは、当該取引によって理事又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3 第84条第1項第2号又は第3号の取引によって一般社団法人に損害が生じたときは、次に掲げる理事は、その任務を怠ったものと推定する
① 第84条第1項の理事
② 一般社団法人が当該取引をすることを決定した理事
③ 当該取引に関する理事会の承認の決議に賛成した理事
*なお、競業及び利益相反取引に関する承認機関について、理事会設置一般社団法人の場合及び一般財団法人の場合には理事会の承認となる(第92条、第197条)
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⑴ 利益相反取引の制限の趣旨及び内容
利益相反取引が制限される(84条1項2号3号)の趣旨は、理事が自ら当事者として(=自己のため)又は他人の代理人・代表者として(=第三者のため)法人と取引をする場合(直接取引、同項2号)、あるいは法人が理事の債務を保証する場合のように理事以外の者との間において法人と当該理事との利益が相反する取引をする場合(間接取引、同項3号)においては、当該理事が自己又は第三者の利益を図り、法人の利益を害する(経済的損失を生じる)おそれがあるため、これを防ぐことにあります。
当該取締役は、重要な事実を開示しなければならず(同項柱書)、これらの事実を基に様々な観点から総合勘案されて、理事会ないし社員総会により当該取引が承認されれば、当該取引をしてよいことになります。
ただし、結果的に一般法人に損失が生じた場合には、当該理事、当該取引を決定した理事、当該取引の承認に賛成した理事は、任務懈怠が推定され(111条3項)、もって損害賠償責任が生じる可能性があります(同条1項)。すなわち、承認を経たか否かにかかわらず、損失が生じた場合には、当該利益相反取引に関与した理事に賠償責任を負わせることで法人の損失の回復を図る手段があるということになります。
なお、競業取引(84条1項1号)についても、法人の利益を害するおそれがあることは、利益相反取引と変わりがないため、同様の制限を受けています。
⑵ 制限の対象は「理事」が関わる「取引」に限られる
一般法人法84条は、利益相反に関して、「理事」が関わる「取引」という経済行為を制限しています。
したがって、監事、職員及びその他法人の関係者は同条の制限の対象とされていません。その理由として、監事や職員その他法人の関係者は当該取引に関して承認や議決の権限がないことが挙げられます。
また、前述したような、スポーツ団体における代表選手選考に関する利益相反は「取引」には該当しないため、同条の制限の対象外となります。
⑶ 利益相反取引の「制限」であって「禁止」ではない
一般法人法84条は、利益相反取引を制限しているに過ぎず、適式な手続を経れば、利益相反取引も許されるのであって、絶対的な禁止ではないことに注意する必要があります。
この点、平たく言えば、利益相反取引の制限はあくまで損得の問題であり、理事会でその損得について判断させ、仮に事後、損失が生じていることが判明すれば、関係した理事に損失を補わせるということになります。
したがって、次回に検討する公益認定法における特別の利益の供与はあくまで禁止であり、この供与が認められることがないことと対照的です。
~次回は、公益認定法及びGC原則8について検討します。~