スポーツ仲裁を検討しているアスリートへ①
1 はじめに
この度、スポーツ仲裁の申立人代理人を務めさせていただき、(公財)日本スポーツ仲裁機構(JSAA)の仲裁パネルから、中央競技団体(NF)の決定の取消し(「当該大会を日本代表選手選考会とするとの決定を取り消す」)の仲裁判断をもらうことができました(JSAA-AP-2022-007~011)。相談を受けて4日後にスポーツ仲裁を申し立て、その更に4日後に仲裁判断をいただきました。このようなタイトなスケジュールとなったのは、当該大会が10日後に迫っていた事情があり、緊急仲裁となったためです。結果的に、申立人であるアスリート達の言い分が認められ、その思いが届いて安堵しています。
私は、大学で、スポーツ推薦により入学した学生の方々に向けたスポーツ法の講義を担当していますが、スポーツ仲裁を知らない人が大多数です。また、トップアスリートでも、スポーツ仲裁を知らない人の方が多いのではないでしょうか。これはNFなどが、スポーツ仲裁に関する教育をしたり、インフォメーションを提供したりすることがないからだといえます。そして、ほとんどのアスリートは、仮にスポーツ仲裁を知っていても、スポーツ仲裁どころではなく、トレーニングに励みたいというのが本音だと思います。
しかし、ときにNFの決定を覆すというような強力な威力をもつ、スポーツ仲裁という選択肢を頭の引き出しに持っておいて損はないと思います。
そこで、本欄では2回に分けて、先ずは、スポーツ仲裁というものを知ってもらい(第1回)、申し立てる際にはどのような注意点があり、どのような点を検討すべきなのかを考えたいと思います(第2回)。なお、従前にも本欄でスポーツ仲裁を紹介しています(「スポーツ仲裁って?」)が、2013年に書いたもので、かなり時間が経過していますので、以下では、内容をアップデイトして述べます。
2 スポーツ仲裁とは
⑴ 不服をどこに申し立てるか?
「アスリートとして、スポーツ団体が行った決定に対して不服がある場合、どのようにしますか?」という問いに対して、アスリートのほとんどは「我慢します」と答えるのではないでしょうか。
ところが、たとえば、代表選考基準によれば自分が代表選手として選考されるはずなのに選考されなかったということになれば、我慢するでは済まされないものと思います。
そのようにスポーツ団体が行った決定を看過できない場合には、先ずはスポーツ団体と話をする、あるいは交渉するということが考えられます。
しかしながら、ほとんどの場合は、スポーツ団体とアスリートとの力関係に大きな差があることから、取り合ってもらえないことも多いと思われます。
よって次の手立てとしては、第三者に判断してもらうということが考えられます。
⑵ 裁判所に訴える
アスリートの不服に関して、第三者の力を借りざるを得ない場合、その第三者として、もしかすると裁判所が思い浮かぶかもしれません。
たしかに裁判所に訴えるという選択肢もありますが、以下のようなデメリットがあります。
・時間がかかる(長い場合には数年を要することもある)。
・費用がかかる(通常、スポーツ仲裁と比べれば費用がかかる)。
・請求の当否の判断(本案)に入る前に却下される可能性がある。*
このようなデメリットもあるとはいえ、裁判という手段も有効ですから、スポーツ仲裁と比較をして、いずれの手段をとるのか、よく検討する必要があります。
⑶ スポーツ仲裁を申し立てる
スポーツ仲裁では、上述したような裁判所に訴えたときのデメリットはかなり解消されます。
ア 短時間で解決してもらえる
時間的な制約がある場合には、申立人の時間的な希望にできる限り応じてもらうことができます。また、かなりの緊急性がある場合には、緊急仲裁(スポーツ仲裁規則第50条)として迅速に判断してもらうことができます。上述した、私が申立人代理人を担当した事件では、緊急仲裁とされ、申立の4日後に仲裁判断(骨子)をもらいました。
また、仲裁判断は最終的なものであり、当事者双方を拘束する(同規則第48条)ので、裁判のように上訴されることがなく、そこで決着します。この観点からも裁判と比較して短時間で解決することがわかります。
イ 費用が安価である
スポーツ仲裁を申し立てる場合の費用については、必ず必要なものとして申立料金があります。「申立料金」とは、仲裁を申し立てるにあたって、申立人がJSAAに対して支払うもの(スポーツ仲裁料金規程第2条)で、50,000円(税別)とされています(同規程第3条)。申立料金については、アスリート保護の観点から、比較的安価に設定されています。また、申立が認められた場合には、原則として、被申立人の負担となり、返金されます。なお、申立が認められなかった場合は、通常は申立人の負担となりますが、稀に、申立料金を按分負担したり、被申立人の負担とされたりすることもあります(スポーツ仲裁規則第44条第3項参照)。
弁護士費用については、代理人となる弁護士との合意により額が決まります。被申立人が代理人をつけることも多いこと、スポーツ仲裁には専門的知識が必要なことから、申立をする際にはできる限り代理人をつけることをお勧めします。その際、JSAAには手続費用の支援制度(手続費用の支援に関する規則)がありますので、同制度を使うことを検討することも一案です。申立人となるアスリートは、資力に乏しいことも多く、私が代理人であったときにも、同制度を使わせていただきました。
ウ 裁判で判断してもらえないことも判断してもらえることがある
裁判において、本案に至らず却下されてしまうような事件でも、スポーツ仲裁では判断してもらえる可能性があります。たとえば、スポーツ団体が代表選考に関わる決定をしても、それは団体内部の事柄として団体内部で解決すべきとして、裁判所に却下される可能性がありますが、スポーツ仲裁では迅速に判断してもらうことができます。
なお、次回に述べますが、裁判とは別に本案前に気を付けるべきことがありますので留意して下さい。
3 小括
以上のように、アスリートにおいてスポーツ団体の決定に不服がある場合に、その解決の一手段としてスポーツ仲裁があることは選択肢として是非とも覚えておいていただけるとよいと思います。
次回は、スポーツ仲裁を申し立てるにあたって、事前に検討すべき事項について述べます。
*却下の理由として部分社会の法理(自律的な団体内部の紛争には司法権が及ばないとする法理)などがあります。