弁護士 合田雄治郎

合田 雄治郎

私は、アスリート(スポーツ選手)を全面的にサポートするための法律事務所として、合田綜合法律事務所を設立いたしました。
アスリート特有の問題(スポーツ事故、スポンサー契約、対所属団体交渉、代表選考問題、ドーピング問題、体罰問題など)のみならず、日常生活に関わるトータルな問題(一般民事、刑事事件など)においてリーガルサービスを提供いたします。

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スポーツ事故の近時判例紹介②(硬式球直撃事故/福岡地裁小倉支部判R4.1.20 )

1 はじめに

 近時のスポーツ事故判例紹介の第2回目は、福岡地方裁判所小倉支部判決R4.1.20をとりあげます。

 

2 事案の概要

 被告の設置する福岡県立A高等学校(以下「本件高校」)に在学していた原告が、本件高校の硬式野球部(以下「本件野球部」)の練習中、右側頭部に打球が直撃して外傷性くも膜下出血等の傷害を負い(以下「本件事故」)、右側感音性難聴・内耳機能障害等の後遺障害が残ったところ、本件事故は部活動顧問であるB教諭による安全配慮義務違反により発生したものであると主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、2492万4953円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めました。

 

3 事故の具体的態様

 本件野球部では、令和元年8月8日午前11時頃から、本件高校のグラウンドにおいて、部活動として打撃練習を行い、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた投手板から本塁までの距離(18.44m)よりも短い、約15m程度の距離で行われていました。
 本件当日、他の部員が打撃投手を務めた後に原告が打撃投手を担当しました。原告の前方にはL字ネットが設置され、側方には防球ネットが設置されていました。L字ネットの高くなっている部分は打撃投手の身体全体が隠れる程度の高さでしたが、原告は、L字ネットの低くなっている部分から右手で投球しました。原告は、従前は投球後に身体をL字ネットの高い方に移動して打球を回避していましたが、本件当日は、打撃投手を始めて一球目のボールを打者が打ち返した際、打球を回避しきれず、ボールが原告の右側頭部に直撃しました。

 

4 裁判所の判断

 裁判所は、被告の原告に対する、2261万4953円及びこれに対する遅延損害金の支払を認め、原告のその余の請求を棄却しました。

 

5 主な争点及びそれらに対する判断

 主な争点は、①B教諭の職務行為の違法性、②過失相殺の適否、③損害額です。

(1)  B教諭の職務行為の違法性の有無について

 本件では、B教諭の職務行為の違法性について、「高等学校の野球部の練習活動に関しては、高野連が、打撃練習時において「製品安全協会」のSGマークが付けられている投手用ヘッドギアの着用を義務付けていることに鑑みると、B教諭は、本件事故当時、本件野球部の顧問として、本件野球部の部員が同部の活動として打撃練習を行う際には、打撃投手を務める生徒の頭部にボールが直撃し、当該生徒の生命及び身体に危険が生じることがないよう投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っていたと解するのが相当である。しかしながら、本件事故当時、B教諭は、指導者必携の記載を見落とし、投手用ヘッドギアの着用義務があることを知らず、そのため、本件野球部には投手用ヘッドギアが存在しなかった。そうすると、B教諭は、打撃練習時に打撃投手を務めていた原告に対して投手用ヘッドギアを着用するよう指導せず、これにより上記職務上の注意義務に違反して本件事故を生じさせ、原告に損害を与えたものとして、被告の公務員であるB教諭の職務行為の違法性が認められるというべきである。」としています。

(2) 過失相殺の適否について

 本件では、過失相殺について、「高野連が、打撃練習時に、打撃投手を務める者に対して投手用ヘッドギアの着用を義務付けたのは、硬式球が打撃投手の頭部に当たれば生命身体に重大な危険が生じるおそれが高いところ、打撃投手を務める者と打者との距離及び打球の速さを勘案すると、L字ネットだけでは当該打撃投手が打球を避けられない場合があることによるものと解される。しかも、本件事故時の打撃練習においては、打撃投手と打者との距離が公式ルールで定められた距離よりも短く、約15mしかなかったことからすれば、打撃投手はL字ネットだけでは打球を避けることができず、打球が打撃投手の頭部に当たる可能性が高くなっていたといえる。そうすると、B教諭が、打撃投手を務める原告に対し、その生命身体の安全を確保するため投手用ヘッドギアを着用するよう指導する必要性は高く、配布されていた指導者必携の記載を確認せずこれを怠ったB教諭の過失は重大であるというべきである。そうすると、本件事故が、原告がL字ネットに身体を隠すのが遅れたことも一因となって発生したものであるとしても、損害の公平な分担という見地に鑑みると過失相殺を認めることは相当とはいえず、被告の主張は採用できない。」としています。

(3)  損害額について

 本件では、損害額について、請求額の2492万4953円の約90%である2261万4953円が認められています。

 

6 本判決のポイント

 本判決は、原告の請求の90%が認容され、原告の勝訴といえる判断でしたが、その後、この判決が確定したのか、控訴審で争われているのかは分かりません。事案の概要は異なるものの、いずれもいわゆる学校事故であり、判断の構造としては前回の本欄で検討した福岡地裁久留米支部判R4.6.24(以下「久留米支判」、スポーツ事故の近時判例紹介(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24))に近いものがあります。

(1) B教諭の注意義務違反の内容

 人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要であることは前回の本欄の判例紹介で述べたとおりです。

 本判決では、B教諭は、打撃練習を行う際には、打撃投手を務める生徒の頭部にボールが直撃し、当該生徒の生命及び身体に危険が生じることがないよう投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っているにもかかわらず、指導者必携の記載を見落とし、投手用ヘッドギアの着用義務があることを知らず、そのため、本件野球部には投手用ヘッドギアが存在しなかったことをもって、注意義務違反及び職務行為の違法性が認められるとしています。

 なお、久留米支判(ゴールポスト転倒事故)では、校長が、文部科学省等からのゴールポストの安全管理に関わる通知について認識していながら、ゴールポストの固定を怠ったとして注意義務違反を認定されています。

 両判決の比較からいえることは、管理者や指導者が、安全に関する通知や情報を知っていながらその内容を実践していなければ当然に注意義務違反が認められ、たとえ情報等を知らなくてもそれが容易に入手できる場合や、知っておくべき情報等である場合にその情報等で啓発された内容が原因となり事故が発生すれば、やはり注意義務違反が認められることになるということになります。

 したがって、指導者や管理者は、生命や身体の安全にかかわる情報については、常にアンテナを張り巡らせ、その内容を実践していく必要があるといえます。

 なお、この情報等を知っているか否かは、過失でいうところの予見可能性に当たる部分ですが、予見可能性、結果回避可能性(結果回避義務違反)という判断枠組みが重要となることが分かります。

(2) 過失相殺について

 過失相殺についても前回も述べましたが、裁判所の裁量により認められること、とりわけスポーツ事故の場合、交通事故と比較して、その基準があいまいであること、殆どの場合1割単位で減額され、減額の幅が大きいことがあり、原告(被害者側)からすると、戦いづらいところでもあるのですが、本判決においても、過失相殺をしないと判断されており、参考になると思います。

 その理由は上記のとおりで、久留米支判の過失相殺をしない理由がかなりの紙幅を割いているのに比べて少し短いのですが、十分に参考になります。いずれも、被害者側にも落ち度といえるものがあるが、被告側の過失や落ち度の大きさからすると取るに足らないという判断で過失相殺が否定されています。

 

7 おわりに

 前述したように、前回でとり上げた久留米支判と今回の判決と共通項も多く、いずれも行政側が敗訴していることもあり、参考になると思われます。

今後も、スポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。

 

 

 

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