スポーツ事故の近時判例紹介③(河川転落事故/金沢地判R4.12.9)
1 はじめに
近時のスポーツ事故判例紹介の第3回目は、金沢地判R4.12.9(判例秘書LLI/DB L07751259)をとりあげます。
2 事案の概要
本件は、B高等学校の生徒であり、同校の野球部に所属していた高校1年生のCが、野球部の活動中に河川へ転落して死亡した事故に関し、Cの父母である原告らが、指導担当教員らに注意義務違反があったと主張して、同校を設置する被告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、Cの損害金の相続分及び原告ら固有の損害金の合計各2723万6257円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案です。
3 事故の具体的態様
本件野球部は、平成29年11月5日午前中、本件高校のグラウンドにおいて他校の野球部と練習試合を開始し、Cは、試合に出場しませんでしたが、部活動には参加しました。
練習試合中、相手高校の打者が打ったボールが外野フェンスを越えてグラウンド外に飛び出し、グラウンドのそばを流れている川に落下し、Cは、本件高校1年生の野球部員Aと共にボールを回収しに行き、川の水面に浮かんだボールを、回収道具であるタモ網を用いて回収しようとしたところ、川に転落しました。
Cは、転落から約30分後に水中から意識のない状態で発見され、病院に搬送されましたが、同月7日午前7時頃、死亡しました。
4 裁判所の判断
裁判所は、被告の原告ら対する、それぞれ1155万0864円(請求額の約42%)及び遅延損害金の支払を認めました。
5 主な争点及びそれらに対する判断
主な争点は、①ボールの回収を中止させるべき義務の違反の有無、②ボールの回収に関する指導等をすべき義務の違反の有無、③因果関係の有無、④損害額、⑤過失相殺の可否についてです。
(1) ①ボールの回収を中止させるべき義務、②ボールの回収に関する指導等をすべき義務の違反の有無について
判決では、担当教員等の一般的注意義務について、「公立高校における教育活動の一環として行われる課外の部活動においては、生徒は担当教員の指導監督に従って行動するのであるから、担当教員は、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき一般的な注意義務を負うと解すべきである。」としています。
次に、生命身体の危険に対する予見可能性について、「Cの発見場所付近の法面(のりめん、建築や土木で人工的に造られた傾斜面。堤防の斜面など)の傾斜は33度であって、相応の急勾配であり、川に落下したボールを回収するために、ガードレールを越えて法面に下りた場合、体勢を崩して河川に転落する危険があると認められる。また、川は川幅が約15メートルに達することがあり、その水深は約2メートルに達する部分のある河川であるため、転落した場合に自力で岸まで辿り着くことが困難な場合もあると認められる。
そして、河川及び法面の状況を一見すれば、このような危険があることは容易に想定できるといえる。これに加えて、E監督は実際にボールを回収しようとして河川に転落し、自力で岸に上がることができなかったことがあることも踏まえれば、ガードレールを越えて法面に下りて川に落下したボールを回収しようとすれば、河川に転落し、回収しようとした者の生命又は身体に対する危険が生じ得ることは、本件事故当時までに、指導担当教員らにおいて予見できたと認められる。」としています。
さらに具体的注意義務の内容について、「本件野球部における指導担当教員らの注意義務の内容を検討すると、部活動中に河川に落ちたボールを回収すること自体は社会的に相当な行為というべきであり、川にボールが落下した場合でも、ガードレールを越えない範囲でボールを回収する行為については、転落の具体的な危険があったとは認められないことからすれば、指導担当教員らにおいて、ボールの回収自体を中止させるべき注意義務があったとはいえない。そして、河川に落ちたボールを回収しようとする生徒の河川への転落を防止するには、生徒がガードレールを越えないようにすることで必要かつ十分であるから、指導担当教員らとしては、本件野球部の生徒に対し、ガードレールを越えてボールを回収しないよう指導すべき注意義務があったと認められる。」としています。
その上で、指導担当教員らに、上記注意義務の違反があったかについて、「指導担当教員らは、平成27年4月頃に、当時の新2、3年生部員に対して、河川に落ちたボールの回収の際に、ガードレールを越えてはならないことなどを告げたことが認められるものの、同年度以降に入部した部員に対し、同教員らから河川に落ちたボールの具体的な回収方法について直接の指導は行っていない。
高校生の自主性や自立性を涵養するために、生徒間で河川に落ちたボールの回収方法を伝達させることは不合理ではないが、生徒間で正確に伝達がされ、理解されていることを指導担当教員らが適宜確認し、必要に応じて指導をすべきであるといえる。
本件事故当時、河川に落ちたボール回収の際、ガードレールを越えてはならないことについて、指導担当教員らが適切な指導をしたとはいえず、指導担当教員らは、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務を怠っていたと認められる。」としています。
(2) ③因果関係の有無について
因果関係については、「指導担当教員らにはガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務の違反があるところ、同注意義務を尽くしていれば、本件事故を回避することができたと認められる。したがって、指導担当教員らの注意義務違反とCの死亡結果との間には相当因果関係があると認められる。」としています。
(3) ④損害額について
判決では、Cの損害額の合計を6500万2468円、原告ら固有の損害を500万円と認定し、その合計額7000万2468円から、過失割合の3割を控除し(控除後4900万1727円)、さらに日本スポーツ振興センターの災害共済給付金2800万円を控除した2100万1727円を認め、弁護士費用を210万円として、合計で2310万1727円(原告らの合計額)を認容しています。
(4) ⑤過失相殺の可否について
過失相殺について、「本件事故当時、Cは高校1年生であって、自らの生命又は身体に対する危険を事前に予見し、これを回避する行動を執るための基本的な事理弁識能力を備えていたと認められる。そして、川幅等の状況及び法面の形状に加えて、そもそもガードレールは河川への転落事故を防止するために設置されていることからすれば、ガードレールを越えてボールを回収することに転落の危険が伴うことは、Cにとっても予見可能であったというべきである。また、指導担当教員らが、いかなる場合でもボールを回収するよう指導をしていたとか、ボールの回収を諦めた生徒を叱責していたという事情は認められず、本件野球部の生徒において、本件事故当時、生命又は身体の危険を冒してまでボールを回収しなければならないと考えざるを得ない状況にあったとはいえない。
したがって、Cとしては、ガードレールを越えない範囲でボール回収を試み、それでも回収できない場合は断念すべきであり、そうであるにもかかわらずガードレールを越えて回収を試みたCにも一定の落ち度があるといわざるを得ない。そして、以上指摘した事情に照らせば、3割の過失相殺をするのが相当である。」としています。
6 本判決のポイント
本判決は、原告の請求の42%が認容されていますが、その後、この判決が確定したのか、控訴審で争われているのかは分かりません。本件は、第1回スポーツ事故の近時判例紹介(ゴールポスト転倒事故/福岡地裁久留米支部判R4.6.24)、第2回スポーツ事故の近時判例紹介②(硬式球直撃事故/福岡地裁小倉支部判R4.1.20)に続いて、いずれもいわゆる学校事故であり、請求が棄却されることなく、認容された点で共通していますが、第1回、第2回の判決においていずれも過失相殺を否定したのに対し、本件では過失相殺(3:7)を認めています。
(1) 注意義務違反の内容
人が死傷した事故において損害賠償請求が認められる場合、注意義務違反(安全配慮違反)が認定されます。今後の事故予防の観点からは、注意義務の具体的内容を確認し、その内容を実践していくことが重要であることは従前の本欄の判例紹介で述べたとおりです。
本判決では、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り、部活動中の生徒を保護すべき一般的注意義務を負うとしました。続いて、ガードレールを越えて法面に下りて川に落下したボールを回収しようとすれば、河川に転落し、回収しようとした者の生命又は身体に対する危険が生じ得ることは、本件事故当時までに、指導担当教員らにおいて予見できたとして予見可能性を認めました。その上で、具体的注意義務の内容に関し、ボールの回収自体を中止させるべき注意義務があったとはいえないとしましたが、本件野球部の生徒に対し、ガードレールを越えてボールを回収しないよう指導すべき注意義務があるとし、指導担当教員らは、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務を怠ったとしました。
ここでも、予見可能性、結果回避可能性(結果回避義務違反)という判断枠組みが重要となることが分かります。
(2) 損害額と過失相殺、弁護士費用について
本件における、請求における損害額と裁判所が認容した損害額の比較は以下のとおりです。
請求額 |
認容額 |
|
治療費 |
97,176 |
97,176 |
文書料 |
4,290 |
4,290 |
寝具/病衣等代 |
6,982 |
6,982 |
親族付添費 |
40,000 |
39,000 |
入院雑費 |
4,500 |
4,500 |
入院慰謝料 |
70,000 |
53,000 |
葬儀関係費用 |
3,000,000 |
1,500,000 |
死亡逸失利益 |
43,297,520 |
43,297,520 |
死亡慰謝料 |
25,000,000 |
20,000,000 |
固有の慰謝料 |
6,000,000 |
5,000,000 |
小計① |
77,520,468 |
70,002,468 |
過失相殺(3割) |
77,520,468 |
49,001,727 |
既払金 |
-28,000,000 |
-28,000,000 |
小計② |
49,520,468 |
21,001,727 |
弁護士費用 |
4,952,046 |
2,100,000 |
合計 |
54,472,514 |
23,101,727 |
上記表において、小計①(弁護士費用等を除いたC及び両親の損害)までは、1円単位で損害額が認定されており、請求額の約90%が認められています。ところが、その認定額である7000万2468円から過失相殺により3割に相当する2100万0741円が一挙に減額されています。過失相殺をすべき理由はある程度述べられているものの、なぜ(2割でもなく4割でもなく)3割なのかという理由は述べられていません。ここに訴訟における過失相殺に関する戦いづらさがあります。
弁護士費用については、何度が本欄でも触れましたが、損害額の10%が相場です。上記表でも、請求額、認容額のいずれにおいても、弁護士費用は小計②の10%程度となっています。なお、弁護士費用については、実際に弁護士に支払う額とは異なることに注意が必要です。
7 おわりに
第1回から第3回まで3回続けて、学校におけるスポーツ事故をとり上げました。今後もスポーツ事故に関する近時判例をとり上げて検討を加えたいと思います。